ちばやま

ちば山の会2000年10月

千葉市中央区弁天町5番地鶴岡方

Tel・Fax 043-255-9821


北アルプス表銀座・食当物語


 「何か私に手伝えることありますか?」「食当とか大丈夫ですか?」普通は『うん。大丈夫だよ。○○さんがやってくれるから、工藤さんは遠いしね。』と返ってくる筈だった・・・。

 しか〜し、今回はどこで何が違ってしまったんだろう・・・。渡辺会長は「あっ本当!?食当やってくれる?助かるな〜!」という思いがけない返事を返してよこした。内心 "うひょ〜"と声にならない奇声をあげていた。けど、そこは、ほれっ、「いや〜ん。朝美そんなことできない〜」などと返すような生き様をいままで学習して来なかった私としては、取り乱す訳にはいかない。まして今回の言い出しっぺは私なんだもの。「はい。いいですよ〜」とさりげなく返してみた。はっ〜。電話を切ってしばし呆然。何せ、千葉山入会5年目にして、初の食当なんだもん。

 とにかく考えなくちゃと思い、紙とペンを持ってみる。隊長からはカレーうどんと麻婆春雨のリクエストがあったから、それに加えてほんの1〜2品のおかずと2日分の朝食だけを考えればいいのに。出てこない。唯一、ラーメン、餅、ラーメン、餅・・・そればかりが頭に浮かぶ。失敗がなくて、まず間違いのないメニューだ!なにより私にも作れる!でも、2日間ともラーメン朝食なんて、みんなにどつかれないだろうか・・不安は大きくなる一方だ。軽くて、水を使わなくて、馬力がついて、お腹いっぱいになる・・・。職場であれこれ悩み、スーパーでもあれこれ悩みぬき、結局、カレーうどん、麻婆春雨に加え、サラダと炒め物を加えることにした。そして、究極の2日間連続ラーメン朝食を貫くことにした。まさに「え〜い。ままよ!」という感じ。でも、ちょっとみんなに悪いなと思って味噌味と塩味とティストにバリエーションをつけてみた。(みんな解ってくれるかなと期待しつつ・・・)

買い物を済ませ、隊長に教わったペミカンを始めて作ってみる。(なんせ電話でいわれたので、あとで聴かされるまで、「ケミカン」とおもってた)わからない・・・。作ってみたが、それでいいのかどうかが分からない。結局、「え〜い。ままよ!」とパッキングしてしまった。

 いざ、山中。初の食当の夜となる。今晩はカレーうどんとサラダ。持ってきたペミカンを隊長が鍋の中に入れてくれようとしている。ところが、その時ペミカンに何かが取り憑いた・・・ようだった。二重に袋詰めされていたペミカンがすべて隊長の股の上に「ボテッ」と、いやいや「ベチャッ」と落ちた。「ウッ」「アッ」という声とともにテントの中の空気が一瞬とまった。しかし、そのままでは隊長のズボンはペミカン臭くなるばかり、ペミカンは隊長の・・・なるばかり。そうだ!早く鍋へ入れよう!忘れよう!そうみんなが努めた!鍋に入れられたペミカンは何事もなかったように温められ、そして、カレールーを投入。でも、なぜかトロみが出てこない。ああ〜、水が圧倒的に多かったらしいのだ。完全に「このカレーうどんは呪われている」と確信。隊長は「いいよ。いいよ。このぐらいで。」と言ってくれているが・・・、どう見てもただの汁であり、味も薄い。しょうがないので、醤油を足して味を調えてみた。何はともあれ、みんなお腹だけはいっぱいになったようだった・・・。うどんの粉が溶け出たせいか、翌日の朝は適度なトロみがついていたんだけど・・・。夕べがこうならね・・・と思っていた。

 翌朝、昨夜の残りのカレーうどんを食べる派と、味噌ラーメンを食べる派とにわかれ、朝食をとる。結局、ラーメンは4袋が残り、餅はそっくり8個残った。

 食当2日目の夜。麻婆春雨は実は作ったことがなかったので、ほとんど柴田さんに作ってもらう。ご飯は隊長が湯加減調整に余念なく、準備を進めている。あとは、「工藤炒め」のみ。これは、野菜を切り、予め火を通してきた鶏肉と、ナッツを加え適当に炒めた。さて味付け。ドボドボと醤油が入ってしまう。味見をすると案の定、塩辛〜い。山崎さんは「いいよ。いいよ。大丈夫だよ。」(山の人はみんな温かくていいね)と言ってくれる。けど、入れすぎた醤油をまた鍋からすくい出してみたり、水を足してみたりと悪あがきをしてみる。どうやら、この「工藤炒め」も祟られているらしい・・・。どうも、皆の視線が私の手元に集まっている気がしてならない。自意識過剰とはこういう状態をいうのだな〜などと、しみじみ思いながら、鍋の中の具を意味無くかき回し続けた。あとはもう、悩んでもしかたないし、どうせ祟られた食事ならみんなにも分け合ってもらおう!「え〜い、ままよ!」と水溶き片栗粉を投入し、「工藤炒め」の完成となったのでした。何はともあれ、みんなお腹だけはいっぱいになったようだった・・・。

翌日は塩ラーメン。朝からあんまりたべないんだね。ラーメンが3個、またまた餅が8個残った・・・。

 無事2泊3日の行程を終え、みんな飢え死にすることなく、また、私の食事が原因とみられる消化管トラブルを訴える人もなく(表面上は)無事に下山したのでした。

 こうして私の初槍にして初食当山行も無事に終了したのですが、振り返ると反省点はいっぱい。結局食べなかった食料がたくさん残ってしまいました。共同装備として、みんなにも重い荷を運びあげてもらった手前、とても申し訳無かったな〜と反省しきりです。餅などは結局1個も食べず、ただ担ぎ上げ、また担ぎおろし、16個の餅たちにただで北アルプス山行をプレゼントしたようなもの。労せず北アルプス表銀座山行を果たした、16個の餅たちは今、私のアパートの戸棚の中で次の出番を待っています・・・。
どなたか餅いりませんか?
今度はもうちょっと上手く食当できるようにお祓いに行ってこようかなぁ〜。。。 

                           文:工藤 

BACK