ちばやま

ちば山の会2002年9月

千葉市中央区弁天町5番地鶴岡方

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「私の一名山」   その6<山崎流一名山>


 山らしい山に初めて登ったのは雲取山でした。1959年3月、私のおじいさんが中学二年生の私を「ポーター」として連れて行きました。深い森に流れる霧、サルオガセをまとった針葉樹、小枝に積った繊細な雪、山小屋のカレー、窓際の干した軍手がガチガチに凍っていた事、同室のお姉さんたちが親切にしてくれた事などなど、すべて珍しく今でも記憶に残っています。

 入会してから印象に残る山が増えました。

雨飾山…5月末。初めて見たブナの新緑と残雪。ちょうどブナの葉が開く時でした。冬のあいだ新芽をカバーしていた茶色の燐片(托葉)が、その役割を終えてハラハラと落ちてきました。ブナの純林ですからその量は多く、手に持っていた紅茶のカップにも入りました。雪の上はたちまちうす茶色に染まって行きました。

八ケ岳・赤岳…正月。初めての雪山。すべてを凍りつかせるマイナス20度の世界。凍えるつま先の痛さと、さんざん待たされたご来光。あたりはピンクに染まりました。

米子沢…7月。初めての沢。滑り台の滝で滑った事やナメの美しさ。沢の終わりは、あたかも空と草原の間から水が流れ出しているよう見えました。

谷川岳一の倉南稜…6月。初めての岩。おまけに雨。やっとの思いで体を持ち上げ岩角から顔を出したら、目の前にシラネアオイが咲いていました。

平ヶ岳…9月末。急な尾根を登り切ったら、意外にも大きな池がありました。山頂は所々に池堤のある広い草原でした。奇妙な形のタマゴ岩。静かに降る雨も好ましく味わい深い山行となりました。

栂池…3月。下山時に危うく遭難しかかりました。広い林道が吹雪の中に消えてしまったのです。猛烈な吹雪。真っ白な闇。

「林道はどっちだ…」本当に必死でした。あんな経験はもうたくさんですが。

東北の山々…焼石岳、飯豊連峰、白神岳、和賀岳など。焼石の花、残雪の飯豊、日本海に沈む夕日の白神、氷雨の和賀岳。どの山もおおらかな山容で心を和ませてくれました。

 まだまだ好きな山はたくさんありますが、その中から「一名山」を選ぶのはなかなか難しいです。反対にあまり面白くなかった山もありましたが、それらの山を「つまらない山」と切り捨てることも出来ません。

 これからも初めての山に行って感動したり、あるいはがっかりしたり、そのつど「いい山」だと思ったり「つまらない山だ」と思ったりするでしょう。

 でも、そんな私の思いに関係なく山々は泰然と聳え立っています。

 山は、せっかちな人の時間を越え、気の遠くなるような長い年月の果てに現在の姿を私達に見せているのです。圧倒的な時の流れの前には、中学生も中高年も、ベテランも初心者も、大差ありません。

 どうも山の善し悪しを言うのは、人の勝手なようで、ためらわれます。

 さて私の一名山ですが、それがどこの山か、いつになるかもわかりませんが、ひそかに心に期する山があります。

 いつかある日、私は現在二歳の孫を連れて山に登るでしょう。

 そしてその時その山は、間違いなく私の一名山になるでしょう。


                         山崎(記)

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