ちばやま

ちば山の会2004年09月

千葉市中央区弁天町5番地鶴岡方

Tel・Fax 043-255-9821



朝日・雪倉・白馬・清水岳をめぐる静かな花旅

日時2004年7月24日〜27日
参加者CL菊池単独(記)
行程24日千葉10:00発―静岡IC 7日2:00―畑薙駐車場4:40着
25日蓮華温泉(1400m)5:40−兵馬ノ平−(1174m)−鉄橋(瀬戸川)−白高地沢河原−仮橋−花園三角点−14:13朝日岳(2418m)−15:14朝日小屋
26日朝日小屋(2141m)5:30−白馬水平道−ツバメ平−(1997m)−10:33雪倉岳(2610m)−雪倉岳避難小屋−三国境−14:12白馬岳(2932m)−白馬山荘
27日白馬山荘(2832m)4:10−清水岳(2603m)−清水尾根−不帰岳避難小屋(1940m)−急斜面の沢を3・4回渡渉−名剣沢渡渉−14:25登山口(842m)−祖母谷温泉−15:23欅平(593m)−宇奈月−魚津(18:23)−越後湯沢−東京−千葉(帰宅23:15)

 昨年6月29日の利尻山を最後に百名山の病から脱した。目標を一つ一つ達成していく満足感・自分のペースを守りながら危険な登山道を集中して黙々と歩き、素晴らしい景色や高山植物に癒されることは、日頃のストレス解消にこの上なかった。百名山という大目標を達し、その病気から逃れられたが、以後どのような山行を行うか模索中である。二百名山達成を目標にする気は毛頭ない。(体力的にも気力的にも無理である。)

 6月初旬の徳本峠もこだわりの山行であり趣深かった。キタダケ草にもこだわっており、竹下さんの計画に参加するつもりであったが、6月中旬にギックリ腰になってしまった。15年くらい前、まだ山を始める前に罹患したことがあるが、山をやっているから腰が痛むことも無いだろうと高をくくっていた。回復が遅れ、北岳も直前のキャンセルとなってしまった。 なんとか体調も整い、単独での山中2泊の花の山旅を計画した。

 白馬は夏2回、山スキーで33年前と今年に2回いずれも5月に訪れている。雪倉もGWに蓮華温泉から3年前に山スキーで登頂した。三百名山の朝日岳だけは未経験である。白馬・雪倉・朝日岳を巡る花旅は以前より有名であるが、白馬から朝日岳へ北上し蓮華温泉に下るのが楽であり人気がある。今回は朝日岳への山スキー山行の偵察・逆コースを選択し静かな花旅を期待・白馬から清水岳方面のお花畑と長丁場の大下りなどを目標に日程を十分取った計画にした。

25日(日):曇りのち雨(雷雨)、一時晴れ

 蓮華温泉の朝食は7時と遅いため自炊をし、5時40分に出発した。しばらくは下りである。30分ほどでギボウシ・シモツケソウの見事な兵馬ノ平(湿原)に到着。さらに下って行くと、最低地点(1174m)の瀬戸川にしっかりした鉄橋が架かっていた。ここから朝日岳頂上まで標高差約1250mの登りである。しばらく行くと白高地沢の河原に降りる。石に付けられた目印と踏み跡を頼りに100m余り上流に行くと、鉄パイプなどで作った仮橋が架けてあり対岸に渡る。その後数十m下流方向に進むと標識があり斜面の登山道に入っていく。大雨の際などは河原の歩行と対岸へ渡るのが無理な場合があると思われ、このルートの最大のポイントとなるであろう。急登の後、傾斜は緩くなり五輪高原の花園三角点を通過。この頃には天気は悪化し激しい雨の中、雷の音がかなり近いところで聞こえていた。ややビビリながら、いざとなったら地面にひれ伏そうと思い、居直った気持ちで五輪尾根を登った。しばらくすると天気は回復の方向に向かい、咲き始めたタカネマツムシソウの向こうに残雪を抱いた雪倉岳が望まれた。花も徐々に多くなり、イワイチョウ、タカネツリガネニンジン、タテヤマウツボグサ、アヤメ、ミヤマムラサキなどをデジカメに収めながら頂上に向かった。14時過ぎ頂上に到着、晴れ間が見られるものの遠望は利かなかった。朝日小屋に下り始めた頃より、雷雲が空を覆い始め、小屋に到着直後より激しい雷雨が始まった。比較的混み合っていたが雰囲気は良く、夕食の食前酒・肉じゃが・てんぷら・サラダなど山小屋にしては大変美味しく最高であった。8時頃就寝したが、夜半に目覚めたときも激しい雷雨が屋根を叩いており、翌日の行動に不安を抱きながら、諦めの境地で再び眠りに入った。

26日(月):晴れ

 昨夜の天気とは打って変わって素晴らしい夜明けであった。山小屋での5時の朝食を摂り、5時半に出発した。谷筋の残雪と夏山の緑のコントラストが素晴らしい白馬岳・旭岳・清水岳を正面に望みながら水平道を進んでいくとキヌガサソウと遅い水芭蕉が見られた。ツバメ平を過ぎ本日の最低点(1997m)から雪倉山頂まで本日最大の約600mの登りである。ゆっくりしたペースで登った。振り返ると頂上に雲がかかり始めた朝日岳が眺められ、前方には雪倉の頂上へ続く稜線と急斜面に残雪が見られた。雲が出て少しガスがかかった幻想的な残雪の残る斜面をバックにタカネマツムシソウをデジカメに収めた。この頃より白馬方面より朝日岳に向かう登山者と行き交うようになったが、その数は知れたもので終始静かな山行であった。この山域は残雪期の山スキーに適している。頂上からしばしの時間、朝日岳・雪倉岳から蓮華温泉に下る滑降ルートをイメージした。雪倉避難小屋へ約200m下り、三国境に向かった。午前中の好天からこの頃には曇りとなり、激しい俄雨がやってきた。白馬山頂まで約2時間。幸いに今日は雷は聞こえない。一歩一歩前へ進めば山頂である。三国境に着く頃には雨も上がり、薄日がさすようになってきた。頂上の直前では雷鳥の親子が登頂を祝ってくれた。 天候が回復した頂上には満面に笑みを浮かべた登山者が山荘から続々と登ってきた。

27日(火):晴れ

 心配された山行も最終日、天気は上々に回復。長丁場を考え4時過ぎ夜明けを待たず山荘を出発した。旭岳の南斜面を通過するころには、夜明けの美しい空を背景にした白馬岳と山荘・杓子・鑓の幻想的な景色を楽しんだ。これから向かう清水岳は山肌の残雪が朝日に照らされピンクに染まっていた。台地状の頂上付近には、コマクサが残っており、剣を背景にデジカメに納めることができた。出発後2時間経過、小休止をとり白馬山荘の弁当を食べた。1200円であったがなかなか旨かった。頂上から南東へ緩やかに下る清水尾根はお花畑と白馬鑓・剣・毛勝三山の展望が楽しめる本日のハイライトである。一面のハクサンイチゲと池塘・タカネマツムシソウ・ニッコウキスゲなど山々をバックにデジカメに納めた。この後は展望の利かない樹林の中を下っており、ほぼ中間点で標高1940mの不帰山避難小屋には約5時間で到着した。まあまあのペースであった。小休止して残りの弁当を食べた。さていよいよ大下りである。行き交う人もなく、下っていった人の足跡もない。熊よけの鈴をお供に頑張るしかない。ガイドブックでは祖母谷まで歩程4時間となっている。先は長い。地図でみると百貫山・名剣山の東斜面をトラバース気味に徐々に下っていく。樹林の中とはいえ暑さと疲労で徐々にへばってきた。足の親指の爪を切り忘れたためか、圧迫されてかなり痛む。しだいにペースダウン。一向に高度が下がらない。いよいよ急斜面の沢の渡渉が始まった。大きな流木などが今にも落ちてきそうな所があった。草付のところで2mばかりずり落ちてしまったがこのとき、突いた右の手のひらを深さ5mm程度で2cmほど切ってしまった。暑いため手袋をしていなかったことが災いした。3.4回の小沢の渡渉とロープで下るところが2.3箇所、慎重に行動すれば問題ないが、大雨の時などはこのルートは無理である。ヘロヘロの状態で最後の名剣沢を渡渉し登山口に下りたのが14:25であった。

 サンダルに履き替え欅平まで林道を下って行った。途中、沢の崩落部位の工事が2箇所行われていたが通行可能であった。標高597mの欅平に15:23到着、予定していた時刻には乗れなかったが4時過ぎの宇奈月行きに乗り、宇奈月で電鉄にギリギリ飛び乗ったらラッキーにも魚津で予定の18:23の越後湯沢行きの特急に間に合い、その日のうちに帰葉できた。最後はバタバタと余裕が無く、特急のなかで身体を拭いたり、着替えたり、湯沢からの新幹線でビールと弁当にありつけたが、精魂尽き果てた最終日であった。 白馬から欅平への下山は標高差なんと2200m余り、コースガイドで歩程8時間強であり、小生にとっては極めて強行軍であったと思われる。下山日に温泉に一泊できれば余裕が持てるが長い日程が必要である。

いろいろな経験ができ、これからの参考になる良い山行であった。


                         

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